きみねの備忘録

読書とその他よしなしごと

『日本書紀の謎を解く』(森博達,中公新書,1999年)

 本書は日本最古の正史である『日本書紀』を音韻・語法分析を駆使して二つの群に区分し,成立過程を解明した。『日本書紀』の執筆者の性格,巻ごとの成立順序,後人による加筆の実態といったことが極めて強い説得力をもって明かされる。膨大な『書紀』に関する先行研究を整理した上で,著者は漢字音という観点から『書紀』30巻を二つに大きく区分する。その結果巻三〇以外の『書紀』29巻はα群,β群の二つに分けられ,α群は中国人渡来1世によって執筆されたという驚くべき結論を得る。

  • 第1章 書紀研究論
  • 第2章 書紀音韻論
  • 第3章 書紀文章論
  • 第4章 書紀編集論
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リキッド・トランプ「バイデン! まだだ! まだ終わってない!」

 2020年アメリカ大統領選挙とその後の騒動*1を見聞きして思いついた*2

*1:AFP."トランプ氏「敗北決して認めない」 支持者集会で演説 写真11枚".国際ニュース:AFPBB News.日本時間2021年1月7日午前3時42分更新.https://www.afpbb.com/articles/-/3324930,(日本時間2021年1月11日閲覧)

*2:メタルギアソリッド」(コナミ,1998年)

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『殷−中国史最古の王朝』(落合淳思,中公新書,2015年)

 中国の古代王朝殷を通史的に解説した概説書である。各時期ごとによくまとまっており,殷の政治体制に関しても詳しい記述がある。殷について勉強する上で標準となる本と言える。本書の特徴は甲骨文字よりどころにして後世の史書に描かれた虚像を訂正しつつ,殷の歴史を再構成している点だ。序章において著者は甲骨文字の資料的価値を力説する。それは殷の同時代文字資料であり,殷の実像を解き明かす際最も参照すべきものである。

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椎名林檎の旧仮名歌詞における「まう」について

 椎名林檎氏が作詞した楽曲には歌詞に旧仮名遣いを使用しているものがある。そのような旧仮名の歌詞で「まう」という言葉をしばしば使用している。拙ブログで以前に指摘したことだが*1,これは辞書的には「もう」の間違いである。「もう一度出かける」などと使う副詞「もう」は新仮名遣いでも旧仮名遣いでも同じ表記となる。

*1:"椎名林檎「ドツペルゲンガー」における仮名遣いの誤りについて".2020-05-23(JST)投稿.https://kiminemai.hatenablog.com/entry/2020/05/23/200000.

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稀神サグメの設定と中世ヨーロッパの天使論には類似点があると思う

 稀神(きしん)サグメはZUN氏による同人ゲーム「東方紺珠伝」の登場女性である。「月の民」と呼ばれる月に暮らす種族で,天使のような羽が片方だけ背中に生えており,また言葉を発すると現実に不本意な影響を及ぼしてしまう能力を持っているため自由に話すことができない。このサグメの特徴が中世神学の天使論と類似するところがある,というのが今回の主題である。

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孟先生「燕を伐てなんて勧めてませんけど?」

 『孟子』「公孫丑下」によるとそのころ斉に仕えていた孟先生は大夫の沈同(しんどう)に隣国の燕を伐つべきかを問われ,伐ってよしと答えた。そのころ燕王が宰相の子之(しし)に王位を譲ろうとする事件が起こり,これにつけこんで斉は燕を支配下に置こうとしていた。

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宋の華元は思った。「ネット炎上にはかなわないな」

 『春秋左氏伝』「宣公二年」から。

城者謳曰,睅*1其目,皤*2其腹,棄甲而復,于思于思,棄甲復来,使其驂乘,謂之曰,牛則有皮,犀兕*3尚多,棄甲則那。役人曰,従其有皮,丹漆若何?華元曰,去之,夫其口衆我寡。

築城の人夫らが歌った。「大目の大腹,よろいを捨てて逃げてきた。髭面野郎,逃げてきた。」華元(かげん)は相乗りの護衛に「牛には皮がある。犀(さい)も一角牛も多い。よろいを捨てたぐらいが何だ。」と言わせた。人夫らは「皮はあるのはよいとして,漆はどうする?」と返した。華元は護衛に言った。「やめよう。奴らには口が多い。こちらは少ない。」*4

*1:機種依存文字。「めへん」に「旱」。

*2:機種依存文字。へんは「白」,つくりは「番」。

*3:機種依存文字。「凹」の下に「にんにょう」

*4:翻訳は竹内照夫訳『春秋左氏伝』(平凡社,1972年,「中国の古典シリーズ」)によりつつ,『新漢語林 第二版』(大修館書店,2011年)を参照にして訳文を自分なりに変えた。そのため少し不正確かもしれない。

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殷の始祖湯王の実在性について

 19世紀も終わりかけの(そして清王朝が終わりに近い)1899年中国にて,王懿栄(おういえい)はとある骨董商から文字の刻まれた甲骨を手に入れた。これが一般に言われる甲骨文字の発見である。その後殷墟の発掘もなされ,甲骨文字の分析と合わせ幻の王朝とされた殷王朝の実在がはっきりと証明された。出土した甲骨文字には後世の史書とほぼ同一の殷王の系譜が記されていたからだ*1

*1:『中国古代史研究の最前線』(佐藤信弥,星海社新書,2018年)

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孔先生の上級国民論

 儒教は人間を上下に厳密に区別することはよく知られている。今風に言うと上級国民と下級国民の違いを強調する。儒教の祖とされる孔先生も例外ではない。以下の『論語』季氏篇を見てみよう。

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あの日見た項羽のすごさを僕達はまだ知らない。

 『史記項羽本紀の冒頭から。

項籍者,下相人也,字羽。初起時,年二十四。

 項籍は,下相(かしょう)の人で,字(あざな)は羽である。初めて起き上がったときは24歳だった。

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『春秋戦国』(渡邉義浩,洋泉社,2018年,歴史新書)

 春秋戦国時代の歴史について通史的にまとめた入門書。主要な事件を年代順に並べそれぞれについて数頁の解説を行う型式。その間に,武将や政治家,思想家などの偉人紹介や,文化政治的背景の説明をはさんでいる。記述は平易で要点を抑えてあり春秋戦国時代について全く知らない読者でも十分理解することが可能である。古代史入門としては悪くない書籍である。

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呉の系譜の変遷に関する吉本道雅説

 吉本道雅による春秋諸侯である呉の始祖伝承の変遷についての研究が『中国古代史研究の最前線』(佐藤信弥,星海社新書.2018年)に紹介されており,興味深かったので記事にする。

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