きみねの備忘録

読書とその他よしなしごと

歌詞における「須らく」の用法〜誤用が圧勝〜

 須(すべか)らくという語は本来「須らく〜すべきだ」などの形で「ぜひとも〜すべきである」という意味で使われる。しかし音が似ているため,そして置き換えても文章として意味が通じてしまうことが多いため「すべて」という意味で誤用されることが多い*1。そこで歌詞検索サイトの「UtaTen」*2を使用して,この「須らく」という語がどのように楽曲の歌詞で使われているかを調査してみた。

 

 Utatenは歌詞中の漢字全てにふりがながふってあるので「すべからく」と平仮名で検索しても表記の揺れを気にせず語を抽出できる。異なる歌手が同じ歌を歌っているなどの重複を除いた結果,全部で37曲の歌詞に「須らく」の語が使われていた。そして,そのうち本来の意味で「須らく」を使用している曲はわずか6曲*3であり,残りの31曲はすべて誤用していた。平成22年度の「国語に関する世論調査」では回答者の4割弱の人が「須らく」を「全て」の意味に誤解しており意味を正しく理解している人の割合と拮抗していた*4。しかし,今回の調査で大衆音楽の世界では本来の意味と異なる使われ方が圧倒的に優勢だと分かった。


 具体的な誤用の例を見ていこう。


 「すべて」の意味で使われている例を挙げると

平手打ちするこの手もごめん残ってない 須く(DECO*27「いいや」*5

乱れたりしてもいい
すべからく恋はいいもの(サザンオールスターズ「松田の子守唄」*6

すべからく愛したい
優しさも弱さも覚悟も(Reol「あ可よろし」*7

などがある。典型的な誤用と言えるだろう。


 その一方で,一見すると不可解な誤用も見受けられた。「すべて」と「須らく」を一緒に使用しなおかつ「須らく」を本来の用法と異なる使い方をしている例である。この使い方をしている楽曲が3曲ある。例えば

「創造できる事は全てすべからくこなしてきたつもりだ」(メトロノーム「血空」*8

である。この場合の「すべからく」は「すべて」の意味ではなく,「そつなく,しっかりと」くらいの意味合いと思われる。また

須く凡てを含んだ幻影に過ぎない色(FAMM'IN「circle」*9

では「須く」は「すべて」の意味にとってよい。「同義語」を並べることで強調する意図があるのだろう。


 ちなみに国枝史郎の「加利福尼亜(カリフォルニア)の宝島(お伽冒険談)」では「万事万端浮世の事は,すべからく総て科学的でなければならない。」という文章があるという*10。ここでも「須らく」と「すべて」が一緒に使われているが,これはもちろん本来の用法である。このような用法が可能なことが「須らく」と「すべて」が類似する意味だと誤解されやすい理由かもしれない。


 先にみたように典型的な誤用以外の誤用も存在する。「須らく」が音の類似から「すべて」の意味に誤用されるうちに,2次的な誤用が発生してさらに異なる用法も誕生しているのだろう。このような例として他にも

娘が君を好むはず無い
(中略)
娘も須らく苦労する(エグスプロージョン「GARIGARIBONE」*11

と「須らく」が「必ず」という意味合いになっているものがある。誤用にも多様性が見られるのだ。


 さてはじめの方でも述べたように,歌詞検索の結果ほとんどの楽曲で「須らく」が誤った形で使われていた。ここまでくると少なくとも音楽界においてはこの誤用は市民権を得ていると見てよいだろう。私は「本来用法原理主義者」ではない。生身の人間が使う以上言葉は変化するものであるし,「誤用」が結局本来の意味を圧倒し「正しい用法」とされることもありうる。実例をあげれば「片腹痛い」の語は「傍ら痛し」(みっともないの義)の誤用がもとになって誕生した言葉である*12


 しかし自分が言葉を使用する際にはできる限り「誤用」とされる使い方を避けたいと考えている。だからこそ「誤用」がある歌詞に眉をひそめるつもりはないが,本来の用法を守って「須らく」を使っている作詞者には賛辞を送りたいと思う。また提案なのだが「すべて」の意味を「須らく」のような5音で表したいのなら「ことごとく」を代わりに使ってみたらどうだろう。おもおもしい語感が共通するので代替語として適切ではないだろうか。


 無論,「須らく」こそぴったりな語感であり代替不可能と考える作詞者もいるだろう。音への絶妙な感覚とこだわりを持つ人からすれば先の提案は愚にもつかぬものかもしれない。


 最後に誤用が優勢な中で「須らく」を本来の意味で使用している楽曲を挙げておく。ただし最後の「カラス」と「scenario」は正しい用法か疑問の余地がある。
・SOUND HOLIC「PRESERVED VAMPIRE」

此の身も 心も 全てを須らく差し出せ*13

・コンテンポラリーな生活「ヘドが出る前に」

すべからく叫んでみるべきさ
反吐が出でる前に*14

妖精帝國 「Autoscopy」

須らく本能に忠実であれ*15

GRAPEVINE「I must be high」

須くは I must be high*16

・amazarashi「カラス」

僕はと言えば 交互に足踏み 未だ繰り返す
それだけの日々には唄を すべからく*17

Plastic Tree「scenario」

そう悩ましく そうすべからく
空想微粒子 末枯れたら*18


 なお参照したウェブサイトは“すべからく”日本時間2020年5月16日閲覧である。